来 歴

果報


千里を駆け去る馬をすばらしいと思い
動かないでもいい山を羨ましいと思い
一億年を同じ光輝で持続する太陽を
世界中でいちばんしあわせ者だといい
一年後には枯れてしまえる
きんぽうげかなんかを結構な身分だといい
他人の値うちがいつも気がかりになつて生きた


だがきんぽうげ
お前の蕊無数の眼は常に仰向いているので
さかさまになつた空汚いうつろしか映さない
休み場所もなく
四つになつても安らかに眠ることがない太陽や
向こう側に起こつていることを知る由もないので
何に対して防いでいいのかわからない山など
それに駿馬天を行くという古諺の駿馬の光栄には
日夜錦のような四肢を必要とする


  或る日は野のあげひばりの身軽さで
  昨日は足を没する泥濘の中で
  他の日は苦しみの破片
  明日ははてしない希望

そしてきんぽうげ
人間の肩のあたりを静かに飛びめぐる鳩
あれはいつたい何ごとの証なのか
日頃は静かに
日常茶飯の中へ紛れている無形の値うち
又はあれは苦しみを持つてくる天使であろうか
不幸はおおむね上の方からおりてくる
苦しみはおもたいので
だから鳩とともに遊べないので
胃の腑の底へにがく留まつて行くばかりだ
人間は今や全く飛ぶすべを持たない
そしてこの不幸は
人間に高価な代償として二本の足をもたらした
地上ことごとくを遍歴し得るという
ひそかで途方もない幸福の予感を伴いながら

  

来歴目次